2012年01月28日

古きを捨て、新しきを得る(1)

昨年末は、3日間でかなり頑張って家の掃除と片付けをしました。
まあ、手をつけていない部分もあるけど、3日で全部は無理っす。

29日の休み初日。天気が良かったので、まずは外周りから。

子供達に一階の窓拭きを託す。外側は長男で、内側は次男です。
次男は鏡もやってくれました。

最初は私も一緒にと思ったが、軒先や庭のゴミを掃除。
どこからか飛んできたビニールとか、腐葉土の袋が破けてて土がこぼれてたり。
駐車場や玄関前に吹き込んできた落ち葉なども掃除。
それと、使い終わったスプレー缶もたまってたから穴開けて処分。
最後に、玄関に戻ってきて、掃いておしまい。

お昼を食べてから、今度は二階の窓拭き。長男が出かけたので、次男と二人。
内側の窓は次男担当、外側は私。二階の外側って怖いのよ。

窓が終わったら、次男中心に家中の電球や蛍光灯、そして電気の傘を掃除。
案外とほこりたまってるものです。
そして、台所の蛍光灯と、子供部屋の蛍光灯が一本ずつ切れてるのを発見。
台所は知っていたけど、節電とかエコとか理由つけて、交換してなかったのだ。
本来は二本なんだけど、一本でも案外大丈夫だからね。

この日はここまで。意外と時間かかるもんです。
そんなにすごい家でもないのに、窓も電気も案外あるな〜と毎年思う。

ちなみに、仏壇や神棚周りの掃除は、母がしてくれてたのでOK。

30日。さらりと雪が降ったので、昨日のうちに窓とか外の掃除やっといてよかった。

この日は年末最後の粗大ゴミの日。
恐らく10年以上使ったであろうプリンタを捨てました。ありがとう。
USBでは接続できない代物です。いや〜よく頑張ってくれたわ。

本日は、台所中心に掃除です。
電子レンジは前の週末に綺麗にしたからパス。
IHクッキングヒーター(もちろん魚焼きの部分も)を掃除して、
台所の換気扇、その周りのタイル壁についた油汚れを落とします。
換気扇を覆うフィルターも新しく交換。
システムキッチンの扉、冷蔵庫の外側を綺麗に拭き掃除。
案外汚れてるものですね〜

で、ずっと気になっていたキッチンの引き出しの中身を出して、
汚れを取り、不要な小間物は捨てました。
私が恐らく小学生位の頃からあったような、絶対使わない道具とかね。

そして、これも半年ほど懸案事項だった、次男の机の大移動を決行!

今までは長男と次男の机は向かい合わせで、次男は東向きに座る感じでした。
視線の先にはベランダに通じるドアがあり、右手が南向きの窓。
部屋全体を見通せる場所ではあるけど、開放的過ぎるのか、
いまいち集中力も続かないし、常に机の上も周りも乱雑な状況でした。

これをなんとか変えてあげたくて、机を南向きにして、
左側は長男の机の本棚、右側はクローゼット、背中に部屋のドアという状態に。
予想どおり、囲まれた形になり、なかなか良さそうです。

机の上、足下や周りに散乱していたモノも片付けて、
次男にどんどん断捨離をさせました。
結構未練なく、バサバサと捨てるもんですね、子供って。
皆勤賞のミニ賞状とか、ALTからもらった記念のサインとかまで捨ててた・・。

そして大晦日。残りどこまでできるのか。

夫はやっと休みに突入。風呂掃除はお任せです。

私はず〜〜っと懸案だった靴箱を、徹底的に掃除&断捨離!

まずは父の靴を整理。
一足だけ長男が掃けそうなので残して、あとは思い切って捨てました。

母の靴も、今となっては履かない靴がたくさん。どんどん捨てます。
私の靴も結構捨てました。子供達の靴も結構多く捨てたなあ。
長男が履いていて、壊れてないけど小さくなっただけの靴を取っておいたんだが、
いつの間にやら次男の足のサイズが大きくなって、結局それ履けないし。
なので、もう捨てました。長靴2足と夏サンダル1足は同僚へあげても良さそう。
夫のはあまり捨てなかったかな。

で、ゴミ袋(大)に2.5袋分の断捨離ができました〜♪

靴箱の中の棚も綺麗に掃除して、靴を入れなおしてスッキリ。
掃除し終えたら、なんだか家全体がほっこり大きな呼吸をしたように感じました。

ラストスパートで、家中の電気スイッチや、室内ドアの取っ手部分とか、
よく手で触るところが汚れてるので、拭き掃除。

最後はトイレ掃除もしておしまい。

いや〜、結構頑張ったと思います。疲れたけど。

大震災の時も、雨、風、雪の日、暑い日も寒い日も、
私達家族を守ってくれたおうちへ感謝する気持ちで綺麗にしました。

そして、本当に最後は、自分の前髪も切ってすっきり。
伸びてて気になってたんだ。
髪の毛を切るのって、古い部分を浄化する意味合いもあるんだって。

これで自分もおうちもすっきりとして、新しい年を迎えることができました。

続く。
 
posted by しゃーしゃん at 23:53| 宮城 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せ探し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

一周忌 〜番外編〜

前記事に書き忘れたことあるので、ちょっと付け足しますね。



法事の会席は、松島湾が見えるお部屋でした。

私や夫は海を背にして座ってましたが、子供達は海が見える向きに。

食べ終わる頃に、長男が
「あのさ、海がすごく綺麗だから、あとで写真撮っていいかな?」
と聞いてきました。

「別にいいんじゃない?」
「水面がすんごいキラキラ光ってるからさ〜」

食べるのに一生懸命かと思いきや、自然にも目を向けていたのね。

帰りはバタバタとしてしまい、結局撮影し損ねたようですが、
いつまでも、その感性を大事にしてほしいなと思いました。



人は亡くなると、四十九日で成仏するというのは仏教の考えですね。

四十九日は、初七日から七日ごとに閻魔大王に受けたお裁きにより
来世の行き先が決まるもっとも重要な日だそうです。

なので、故人の成仏を願い極楽浄土に行けるように、
家族や親族のほか、故人と縁の深かった方々を招いて法要を営むわけです。
もちろん、それまでも七日ごとに、家族は願いを込めて供養をします。

ここからは、以前、行きつけの美容院の店長さんから聞いた話です。

新しい命が母親のお腹に宿り、この世に生まれてくるまでは
俗に十月十日(とつきとおか)かかると言われています。

四十九日で成仏した魂が、来世の行き先が決まり、
また新しい命として十月十日お腹にとどまり、生まれてくる。

四十九日と十月十日を足すと、ほぼ一年になりますよね。

一周忌と重ねて考えると、なかなか面白いと思いませんか?

もしかしたら父もまた現世のどこかで赤ちゃんとして生まれてきてるかも?

う〜ん、でもせっかく極楽浄土へ行けたなら、しばらくゆっくりと
両親や兄弟たちと楽しい日々を過ごしてほしい気もします。



この週末は雪も降って寒かったです。
久しぶりに積もって、雪かきもしました。びちょびちょ雪で重かった。

明日は新月。真剣に何を祈ろうか。

はい、今日はここまで。
 
posted by しゃーしゃん at 22:46| 宮城 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

喪が明けました

12月からずっと準備してきた、父の一周忌法要。

命日は1/20ですが、その直前の先週の日曜日に一周忌法要を行いました。

1月に入ってから、ずっと平均気温が低く、時折雪も降る季節。
当日は雪だけは降らないでほしいと願っていたら、
とっても良いお天気になりました。

朝早く起きて、朝食作って食べて、急いで準備。
私はおだんご作り。本堂とお墓にお供えします。
親戚が来るので、ほうれん草のお浸しや漬物、お茶菓子、
茶器やおしぼりなどバタバタと、妹と一緒に準備。

お墓に持って行く水とお茶、花、お菓子、線香なども準備OK。
本堂に供える花、お菓子、果物もOK。

花は前日に、信頼できる花屋さんへ。
初めての法事なので、どんな花がいいのかわからず
本堂用と仏壇用にとお願いしました。

本堂用には華やかで、豪華に咲いている花が良いのだとか。
お寺によってはお経が終わるとすぐに片付けてしまうところも
あるらしく、つぼみがないように花束を作るのだそうです。
逆に仏壇用は、長く楽しめるようにつぼみをたくさん入れます。

皆さん、知ってました? へえ〜って思いましたよ。
やっぱりこういう時はちゃんとした花屋が一番ですね。
何も知らなければ、手軽に済まそうとすれば、
スーパーの花屋で値段に見合った適当なものを買ったかもしれない。

あ、お墓用には直前まで仏壇前に飾っていた花を持っていきました。
まだまだ元気だったので。

引き出物のお菓子は、事前に「仙台菓匠 宮城野」というお店に注文。
http://www.miyagino.jp/

仙台みそケーキのお店といえば、知ってる人もいるかな。
防腐剤なしで日持ちがしないけど材料も良く美味しそうなどら焼きをセレクト。

前日にそれを受け取りがてら、お客様へのお茶菓子とお供え用のお菓子も
買いました。どれも美味しそうだけど、自分は結局一個も食べてない(^。^;)

でもついでに買った窯出しシュークリームがめっちゃ美味しかった!
賞味期限は4時間ですってよ、奥様(笑)
シューがサクサクでちょこっとナッツ感もあり、クリームがとろーりで。
時間経ったらサクサクがなくなっちゃうもの。その賞味期限もわかるわ。

引き出物のメインはタオル類にしました。一週間前に藤崎のホットマンへ。
http://www.hotman.co.jp/index.html

ガーゼのタオルが珍しくて、桜の花をモチーフにしたものにしようとしたら、
法事の引き出物なので、抑え目のカラーが良いと助言をいただき、
同じガーゼタイプでシンプルなものにしました。
バスタオルとハンドタオルのセットにして、家族誰でも使えるように。
危うく空気読めない柄物セレクトになるとこだった。
http://www.hotman.co.jp/online/brand_101.html

さて、10時前から親戚が集まり、揃ったところで皆でお寺へ。
玄関の外には塩と水筒とコップも準備しておいて。

寺についたら急いで花を花瓶に飾り、お菓子と果物、お団子も供えます。
どうやら他の法事も続けてあるみたいで、結構人がいました。

10時半から本堂で住職と息子さんの二人で読経が始まりました。
なんか思ったより短くて、10分くらいで終わりました。
次の方達もすぐに始まってたから、15分刻み??
小さなお寺さんなんだけど、重なったんだろうな。

夫から住職へお布施とお膳料を渡してもらい、
卒塔婆とだんごだけ引き取り、すぐにお墓へ向かいます。
子供達に水を汲んでと命令(笑)

まだお墓がないので、墓掃除はできないのですが。
正月に供えた花を取り去り、新しい花を供えます。
コップと湯のみの中身が凍ってました。
湯のみは氷のせいでひびが入ってしまってた。

新しい水と温かいお茶を入れて、みんなで線香を上げました。
親戚が一気に墓の周りに集まると狭いです。元々狭いとこだし。
みんなで少しずつ、供えたお菓子やだんごを食べて終わり。

うちに戻って、お昼まで時間があるのでお茶を出しておもてなし。

今回の法事会席に選んだお店は、松島湾に面した「田里津庵」です。
http://www.ichinobo.com/taritsuan/

本当は近所で手ごろなお店があればと思ったんですが、
以前お食い初めで使ったお店が震災以来やってなくて、
焦って探し回りました。案外と法事会席やるような店ってないもんです。
寿司屋も考えたけど、わりと小さなお店ばかりで今回はパス。

田里津庵は、海沿いですけど高台で島々の奥にあるため、
震災や津波の影響をそんなに受けなかったようです。
でも今は縮小営業で、11〜16時しか開いてません。
メニューもコース2通りだけ。

電話で何度かやり取りしたんだけど、9〜16時までの問い合わせなので
はっと気づくと17時なんてこともしばしば。
牡蠣のカンカン焼きは見栄えがどうかなと思ったので、牡蠣鍋に変えてもらったりと
結構融通は効きました。刺身はなくてカルパッチョ風サラダなのが気になったけど。

車で30分ほどでお店到着。お昼なのでお客さんも一杯で、常に待合所にも人がいました。
決して安くはないのですが、やっぱり来るんだねえ。

個室は予約できなくて、大広間と聞いていたのですが、
以前と変わり、ALL畳ではなくて、テーブルと椅子に変わっていました。
年配の方はそのほうがいいのかもしれない。

全員席について、飲み物の準備が整い次第、夫に簡単に挨拶してもらい、
会食スタート。食事の内容はなかなか良かったです。
なぜかカルパッチョではなくて、刺身になっていたし。配慮してくれたのかも。
牡蠣が随所に出てきたけど、ちょっとまだいつもの美味しいぷりぷりの牡蠣とは
違った気がしました。やっぱりまだ松島の牡蠣は戻ってないのかもなあ。

それとちょっと担当のオペレーションがよくなくて、待つ時間ができたり、
少し冷め加減なものが供されたりとで、ホストとしてはちょっと減点だったかな。

食事途中で妹と車に戻り、引き出物を持ってきて、皆さんに配りました。
そしてデザートも出て、会食は終了。

母方の親戚とはそこで別れ、父方の親戚と家に一緒に戻り、
更にお茶の時間を過ごし、やっと全部終わりました。

無事に終わって安心と同時にすっごく疲れました。
もうね、面倒だったのと昼が豪華料理だったので、夜は袋のラーメンにしましたよ。

で、その後、母と妹と女三人で、ビール&日本酒でプチ打ち上げ〜。
母もおつまみ食べながら楽しく飲んでました。

母によると、その日の早朝、何か天井付近で音がしたので、
「ああ、お父さんが来たんだな」と感じて、「わかったから」と言ったら
音は止んだそうです。隣に寝ていた妹は全くわからず(笑)
私もその時間帯に起きてたから、「私の足音じゃないの?」と聞いたら
「そういう音じゃない」という。まあ、みんな来るから父も来たんだろうかね。

酔うほどの量は飲まなかったけど、次の日の仕事は身体がぐったりで、眠かったです。


そして昨日は本当の一周忌。命日です。

私も夫もそれぞれ休みが取れたので、母と三人でお墓参りに行きました。
お茶とお水と湯のみと線香とお菓子を持って。花は先週のがまだあるからいいよね。

・・・と見てみたら、どなたか綺麗に掃除してくれてまして、湯のみなども伏せてありました。
湯のみはついに底が抜けていた。その後も凍ったんだろうな。
お寺で誰かに定期的に掃除を頼んでいるようです。花もなくなってました。

線香を上げ、その場でお菓子を食べて、お墓参りは終了。

もう一年経ったのですね〜。本当に早い。
「父のいない家」の密度が徐々に薄くなってきて、
「5人で暮らす家」に少しずつシフトしてきています。

まだまだ、色々整理しきれてないから、これからも続くけど、
本当に大きく一区切りです。

そしてようやく喪が明けましたので、通常モードに切り替えていきます。

これからもよろしくお願いします。
 
posted by しゃーしゃん at 16:25| 宮城 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

仮設住宅を訪ねて

元旦に更新頻度を上げたいと書きつつも、もう9日経過です(汗)

仕事始めの週が想定外に忙しく、そのまま三連休に突入したので
家の用事をこなしたり、疲れを取るために珍しくだらだら過ごしたりで、
パソコンに向かうまとまった時間も取れずでした。

ようやく今日の午後、自分タイムを作れそうなので、
メールとかブログとかやっつけようと思っていたら、
父方の親戚廻りをすることになりました。ワスレテタ〜

お互い喪中なのでお年始はしなくてもいいんですけど、
あまり考えずにお年始の品をだいぶ前に準備していたので、
せっかくだし、顔出しに行きました。

親戚は東松島市と石巻市にいます。
石巻市の叔母さん家族がお盆過ぎにようやく仮設住宅に入れたのですが、
今回初めてその場所を訪ねてみることに。

前にちょこっと書いたけど、叔母家族が住んでた貸家は津波にやられて、
叔母さんといとこも津波危機一髪のところを電柱によじ登り、
波も引かず、真っ暗で寒い中を一晩中二人で耐え忍んで生き延びたのです。
次の日の朝、救出シーンがテレビで映ったらしいです。
叔父さんともう一人の息子と会えたのが二日後。
叔父さんはもう二人は死んだものと思ってたから、本当に驚き、そして安堵したことでしょう。

私達が叔母さん達が無事だったと聞いたのは、固定電話がようやく繋がってからなので
大震災から一週間後。詳しい体験談を聞いたのは4月以降だったと思う。

いつまで経っても仮設住宅の抽選に当たらず、まさかのお盆過ぎまで待たされた。
でもね、住宅が満杯って訳ではなく、結構空きがあるんだそうですよ。
やっぱり仮設住宅は嫌な人もいて、貸家かアパートをなんとか見つけて住む方も。

東松島の叔母さんに道案内してもらいながら、仮設住宅を目指す。
石巻赤十字病院からほどなく行ったところでした。石巻専修大学の近く?

同じようなプレハブがたくさん連続で立ち並ぶので、住所持参しただけでは
絶対にたどり着けないと思った。後1、2回は来ないと覚えられないかも。

駐車場は一家庭に1台分。なので邪魔にならない適当な場所に駐車。

サッシの枠を組み立てている作業員の方がいた。
休日でも関係なく作業してるんですね。ありがとうございます。

玄関部分は横に開けるタイプの簡単なサッシでした。なのですぐに結露するとか。
そのサッシドアを囲むように、屋根付の風除けが透明なパネル?で作られており、
足下部分は木造で階段上になっていました。郵便受けもついてました。
その風除けの入り口にサッシを入れて、完全に囲むようにする作業を今やっているそうです。

お邪魔してわかったのですが、玄関と思って入ったところはただの入り口でした。
つまり、靴を脱いで置く場所がない、たたきが全くないんです。
サッシを開けるとすぐに台所の床なので、入り口付近にシートを敷いて、
そこに靴を置いているといった感じでした。もちろん靴箱なんて狭くて置けない。
外の風除けのところに置く手もあるけど、風向きによっては雨や雪に濡れるし、
誰かが持っていかないとも限らないですからね・・・。

台所から居間へ入る感じ。居間の隣にもう一部屋あって、寝室に使ってる様子。
トイレとお風呂は別々で独立してました。

部屋は6畳間位なのかなあ。横長のこたつが置かれ、座ると一杯になる感じでした。
う〜ん、いとこもほぼ大人なので、家族4人でこれは狭いだろうなって思った。
でもまずは住むところがあるだけ良いと考えるしかない。

エアコン1台、液晶テレビ、洗濯機、電子レンジ、ガステーブル、炊飯ジャー、
冷蔵庫、小さなテーブルなどが備え付けだそうです。
とはいえ、他は何もないから色々揃えたとのこと。
うちで未使用だった食器をあげたのですが、大活躍していて良かった。

エアコンがもう1台支給されるそうで良かった。
夏はエアコンない部屋は扇風機で乗り切ったとか。

複数のメーカーが仮設住宅を作っているそうで、メーカーによりまちまちらしい。
叔母さんところは基本鉄板で組み立てなので、夏は暑く冬は寒そう。
木造で作ったメーカーもあるそうです。
最近?壁にようやく断熱材が入ったから、だいぶ暖かくなったそうです。
後から色々付け足しながらなんだなあ。

普通は仮設は2年までだそうですが、今回は5年いられるとか。
今から家を建てるのはもう難しいので、賃貸で暮らすことになるみたい。

ここを出る時は、風呂のフタすら持っていくことは禁じられてるって。
つまり、やっぱり家電など一から揃える必要があるってことだよね。
それもどうなんだろう。そのまま利用してもらう訳にいかないのかな。

下の息子さんは4月から社会人になり、東京で声優の卵として頑張るって。
学校の先生からもあまりない声だと言われてるそうで、期待が高まるね。
しっかりしたプロダクションに採用してもらったようなので、頑張ってほしい。

東京で一人暮らしをするために、少しずつ準備していたものが全て津波に
流されていったから、また一から揃えて大変みたい。
それでも、何万かかろうと、やっぱり親だから揃えるんだよね〜。

スーツを買って、胸ポケットに入れるハンカチーフを買ったら2900円もしたって!
「俺なんて1000円のズボン履いてるのに」と叔父さん。
わかるわかる、そんなもんだよね。

とりあえず、ここでの生活が軌道に乗ったようで安心しました。
近所にはちょっとした店もあり、野菜なども売りに来るので
買い物に不便ということはないみたい。

微力ながら何かできることがあれば、協力したいけど、
どこまで何ができるのか。

まずは、春にまた、いとこの門出を祝うために来ようと思います。

posted by しゃーしゃん at 23:59| 宮城 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

2012年始まりましたね

ついに2012年に突入しましたね。

皆様、どんな年越しをされましたか?
そして今日、2012年の最初の日はどんなふうに過ごされましたか?

2011年を簡単に振り返りますと、

1月に父の死去。
3月に長男の高校受験。
そして3.11東日本大震災を経験。
4月には長男が無事に高校生に。
10月には自分の仕事で部門異動。

公私ともに、激動の一年でした。
特に、「私」というか「家族」にまつわる出来事が正にそうです。

前述したマイルストーンな出来事以外にも、
夫、次男、母、妹についても大波小波がありました。

それと、自分の趣味というか好きなこと、やりたいことを
だいぶ実行に移すことができたように思います。

2011年の漢字一文字は「絆」でしたけど、
私はいまいち馴染まないというか、納得できない感じです。

昨年の自分にとっての漢字一文字は、やっぱり「命」ですね。

まあ、もちろん亡くなった父や祖母のことが大きいですけど、
それ以上に、大震災で失われた命、そして残された命がずしりときます。

正直なところ、津波にあわずとも、本当にあの揺れは下手したら死ぬかと
思いましたし、家族や親戚の安否があれほど心配だったことはありません。

だから、今無事に生きていることを本当に奇跡と思って、感謝しています。
生きている、生きられることがこんなに尊く、嬉しく思える。

なので、大晦日に、父はいないけれど、夫、長男、次男、母、妹、そして私と
6人みんなで集まって、年越しができたことは何より幸せだなと思っています。

この平凡だけど、かけがえのない幸せを大切にしていきたい。

2012年は、より一層、家族を大切に思って過ごしていきたいです。

もちろん、そのためには、自分自身も大切にしたい。
自分自身が健康で幸せで穏やかで謙虚な気持ちで常にいられるよう、精進します。

それから、昨年に続き、もっともっと自分の気持ちに正直になって、
好きなことをやって、行きたいところに行って、たくさんの人に会って、
悔いのないような一年にしたい。

当ブログにお越しいただいてる皆様、
今年はより一層更新頻度を上げたいと思っておりますので、
懲りずにおつきあいくだされば嬉しいです。

え〜っと、父の記事と大震災の記事は年を越してしまったけど、
これはライフワークと捉えて、必ず書くつもりです。

もちろん、その他にも、子どもたちのことや、不思議ちゃん記事も
書いていきますよ〜。あ、お酒の記事もたまにね。

ではでは、今年もどうぞよろしくお願い致します。

posted by しゃーしゃん at 21:28| 宮城 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

東北慰霊の祈り、そして不思議な出逢い(3)

もう大晦日ですか!なんてあっという間の一年だったのでしょう。

今日もまた、太陽が昇り、素敵な日差しが差し込んでいます。
自然の営みは日々変わらないように思える毎日だけど、
当たり前のように太陽が出て、空気を吸うことができるって
実はとってもありがたいことです。

そして、それができる、感じることができる自分の心と身体に感謝です。

・・・と、このまま今年の振り返りと来年の抱負などを語っていると
またこの記事の続きがかけないまま年を越してしまうので、
早速続きを書きますね。



なぜ青麻神社なのか疑問だったのですが、
今回のスタッフ仲間で仙台近辺?の方達が、
満月のたびにここに集まり、瞑想会のようなことをしていたそうで、
その縁でこちらを今回の会場にしたのだそうです。

知らなかったわ、そんなことが行われていたなんて。
そして青麻神社は懐が深いなあ。

ここからは、長老の言葉など若干私の記憶が怪しいので、
そんな感じだったというふうに読んでくださいね。

「今回ここに初めて集った方も多いでしょう」ということで、
司会から簡単にポロハウ長老と中谷さんの紹介がありました。

長老は、「ドラゴン・ケア・テイカー」という、
代々龍のお世話をする役割を負っている方だそうです。
ワイタハ族は龍と深く関わりがあるみたいです。

ポロハウ長老と中谷さんは、色々と日本を旅していたようで、
前日まで東北ツアーを行っていたそうです。

気仙沼では津波の被害を受けた海沿いを訪れ、
長老もその状況に大変心を痛めていました。
そこにはまだ嘆き苦しむたくさんの魂が留まっていたそうです。

日本にもたくさんの龍が各地にいるらしく、
ワイタハ族にとっても日本はまた特別な思いを寄せる国のようです。

東北を巡る途中で、龍がいるある場所へ行ってみたところ、
今回の地震により、磁場?エネルギー?の方向が狂ってしまったとかで
もうそこには龍はいなかったそうです。
長老はとてもそのことを悲しんでおりました。

本当に今回の震災で、東北は大打撃を受けました。
特に津波により未曾有の犠牲者が出ました。

「亡くなられた方達が、どうか迷わずに天に昇っていけますよう、
 皆さんで鎮魂の祈りを捧げましょう。」

各々のティーキャンドルに、灯りが灯されます。

「ここは神社ですが、これから仏教の言葉を唱えることをお許しください」

長老は「般若心経」が大好きだそうで、今回は皆さんで般若心経を
唱えることで、鎮魂の祈りとするということで、面白いなあと思いました。

ご本尊の方向に向かい、一斉に般若心経を唱えます。
手元に何かあるわけではないです。でも皆さんがどんどん暗唱するので
私もそのリズムにあわせてわかるところは唱えて流れに乗っかります。

目をつぶるべきかつぶらないべきかなどと内心迷い焦りつつも、
犠牲者の方の魂が癒されますように・・・という気持ちで祈りを捧げました。
でも、唱えるのに一生懸命だったかも(汗)

般若心経が終わった後、また長老がお話をしてくださいました。
英語でゆっくりお話されるので、半分以上はわかります。
でも同時通訳の方がいつもの方ではないらしく、
聞きたかった部分の訳を端折られたりして、ちょっと残念。
自分の英語力の低さを恨む・・・。

今後は「水の時代」だという話とか、短い時間ですが色々話してくださいました。
しかし、自分の中で記憶が・・・終わってすぐメモに起こせばよかった。
本やブログで知ったこととごっちゃになってるのであまり書けない。

「この場所は、とても気持ちがいいです。ニュージーランドのストーンサークルに
 いるのと同じ感覚です。皆さんもニュージーランドに来て、ストーンサークルに
 入ってみれば、きっと同じ気持ちになるでしょう」

「鈴木さんは今マヤ族の方と一緒にいます。そして、今、ここはマヤ族の方達とも
 繋がっています」

鈴木さんとはいつも長老の通訳をしている方のようです。鈴木美穂さんかな?

そう、前記事でも書きましたが、本当にすがすがしい、温かい、明るい、
穏やかな雰囲気に満ちていました。
マヤ族の方達も、一緒に日本のために鎮魂の祈りを捧げていたのでしょうか。

「今起きているいやなこと、悪いことは、遠い過去の記憶に原因があるでしょうか?
 そうではありません。今のままのあなたで完璧です。それでいいのです」

不意にそんなことを長老が話され、とってもドキッとしました。
まるで自分に言われたみたい。
それって、ホ・オポノポノのことをさらりと否定されたような・・・。

長老はとても穏やかな語り口をされて、
とても体格が良い、カメハメハ大王みたいなイメージそのもの。
アロハシャツ着て、お店にいる愉快なおじさまといっても通じます。
そして時折ジョークを交えるので、場の雰囲気が更にゆるみます。

そういえば、途中で小さなお子さんがちょっとぐずった時に、
親御さんが迷惑になるからと外に出ようとしたんです。
でも長老は「子どもは宝物だから、中にいたままでいいですよ。
私達大人がみんな外に出ればいいです」と。半分ジョークでね。

会場のみんなも子どもが騒ぐのは当たり前、という優しい雰囲気でした。
結局誰も外に出ることなかったけど。

そして、たまたまゲストでいらしたアシリレラさんからもお話。
彼女も穏やかで、でも芯がしっかりした肝っ玉母さんのような方でした。
あとでネットで調べたら、アイヌ民族のために心を砕いている方みたいです。

アシリレラさんも津波の被害地域を南下してきたそうで、
やはり沿岸にはたくさんの浮かばれない魂がいたそうです。

「もう一度マグロの刺身が食いたいよ〜」とすがってくる魂もいたそうで、
「それならここにいないで、早く成仏して、女の身体を借りて(通り抜けて)、
 またこの世に戻ってきなさい!」と諭したそうです。

ああ、そうだ。
すべての命は、「女」の身体なしにはこの世に生まれてはこれないのだった。
と、そこに今更ながら衝撃を受けた私。

それと、「イナホダ」というアイヌに伝わるものか何かわからないけど、
非常に大切なものを東北のある方に数年前に託したそうで、
それがまだ無事に保管されているか確かめに行ったそうです。
それは秘密裏に保管されていたけど、その方がもし亡くなったらどうなるか、
ちゃんと引き継かれるだろうか、と非常に心配されていました。
何なのかしら、いなほだとは。暗号らしいんですけどね。

その話から、龍の話にもなりました。
イナホダ関連でどこかの洞窟にたどり着いた時に、
そこには白い綺麗なおとなしい龍と、黒くて荒々しい龍がいたそうです。
偶然そこに行ったので、お供えするための玉子やお菓子も何もなくて、
黒い龍に対して「ごめんね」といって帰ってきたそうです。

するとアシリレラさんの腰あたりがびしっと何かに掴まれたように、
どうにも辛く身動きができないしんどい状態になったとのこと。
その後、どこだったか?で、アシリレラさんが祈りの儀式だったかをして、
もう疲労困憊になった頃に、その黒い龍が現れて、暴れたそうです。
アシリレラさんに助けを求めに来たようです。

「わかったから、そこにある玉子でも何でも持っていきなさい!」

すると、アシリレラさんの腰がすうっと軽くなりました。
きっと龍がお供えを食べて帰っていったのでしょう。

そして、ここ青麻神社に入り、昼間に本殿にいた時、
急に震度3ほどの揺れを感じたそうです。

でも、あとで他のみんなに「さっき地震あったよね?」と聞いても
「無かったよ」と言われたそう。

「ああ、そうか。きっと黒い龍と白い龍が合体して1つになったんだ。
 たぶんそれを知らせに来たんだ」

そんな不思議な話をしてくださいました。

そうこうするうちに、だいぶ終わりの時間に近づいてきました。

みんなで「ふるさと」を歌うことになりました。
普通の歌詞と、替え歌にした歌詞があり、紙が配布されたようですが
遅れてきた私はなし。もう適当に歌いました。

スタッフの一人に、アコースティックギターを弾く方がいて、
その伴奏で、長老も一緒にみんなで歌いました。

神社本殿に流れる「ふるさと」。 なんだろう、これ。

でもね、替え歌の歌詞がとっても良かったんです。歌詞が手元になくて残念。
ほっこり優しい気持ちに包まれました。

それから、今回被災した、宮城県石巻市の金華山にある、金華山小金山神社。
ここでは昔から龍神祭を奉納するなど、龍と縁の深い神社です。
ここはもっとも今回の大震災の震源に近い場所であり、本当に大変だったと聞きました。
なんせ、牡鹿半島沖の海の底が見えたのですから、津波の威力推して知るべしです。

http://www5.ocn.ne.jp/~kinkasan/index.html
小金山神社HPです。大震災ドキュメントもあります。

その被災の様子と、避難せずに必死で神社を守りとおした宮司以下職員の方の様子と
復旧の途上の様子を記したチラシを、人数分はないのですが配布してくださいました。
今回の祈りの集いは無料ですが、ドネーション(寄付)を募っており、
それは小金山神社に寄付されるとのこと。

そんなこんなで、もう時間です。あっという間の20時半。
ポロハウ長老とアシリレラさんは、私の真横を通って本殿を去りました。

お開きとなり、何かあるのかな?と思いましたが、本当に三々五々帰る感じ。
受付では私も心ばかりのドネーション。

外に出ると、なんとまあ、満月の光が明るいこと、明るいこと!!
まるでお空に電気がついたようです。
最初に使ったミニライトが全く不要です。

なんだか不思議な祈りの集まりでした。
もちろん、それっきり、何も勧誘などもありません。

あれからずっと、私がここに来たのはなぜだったのかなあ。
夢で見た金や銀、白い虹の龍と何か繋がるのだろうか。
・・・などと考えています。

きっと、ずっと後になって、私がなぜそんな夢を見たのか、
なぜあのタイミングで長老に会ったのか、
その理由や必然性がわかるのだろうなと思っています。

シャーマンやドラゴンケアテイカーが存在する?
龍が存在する?

私は否定も肯定もしないです、今のところ。

そういう人がいる、そういう話があるということを、
ただ受け止めているだけかな。

受け止めた上で、妄信しないように、常にどうなんだろうかと考える。

意味のないことは起こらない。
そうであるなら、きっと絶対その意味を理解できる日が来るはず。

もうしばらく長い目で、今回の体験を意識のはじっこにおいておこうと思います。



すみません、なんだか期待はずれな結末で。
来年はもっと新鮮なうちに書くようにしますね。

あまり頻繁に更新してませんが、何かの縁で私のブログに
今年訪問してくださった皆様にお礼申し上げます。

どうぞ、今年最後の日を心豊かに過ごせますように。

今年一年、ありがとうございました。
 
posted by しゃーしゃん at 21:17| 宮城 晴れ| Comment(4) | TrackBack(0) | 幸せ探し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月25日

東北慰霊の祈り、そして不思議な出逢い(2)

メリークリスマス!

皆さんの家にはサンタさんが来ましたか?
うちにも来ましたよ。

長男はスキャナーを希望していたので、複合プリンタが、
次男にはWiiソフトの「GO VACATION」が届きました。

でも私や夫には来なかった(笑)
自分で自分にご褒美あげる予定です♪

ちなみに複合プリンタは家族全員で使わせていただきます。
今までのプリンタが10年選手でピンコネクタで接続するタイプなので(^。^;)
(今のパソコンにはコネクタの口がないので実質プリンタなし生活でした)

チキンやケーキもたっぷりいただきました。
しばらくまた健康のためにも節制しましょうかね。

★★★

さて、続きです。

どうしようか、行くことに何か意味があるのか、そもそも行けるのか?と
当日朝まで心の中は行きつ戻りつ・・・。

仕事の休憩タイムにまたブログをチェックしたら、新しい記事が。
http://ameblo.jp/waitahajapan/entry-11045378772.html#main

ふむ、といってもあまり目新しい話題がないわ。
他にもググってみたら、アイヌのシャーマンであるアシリレラさんとやらも
参加するというつぶやきを発見。

ますますわからなくなってきた。
え〜い、流れに任せるしかないと割り切ったところ、
夫から会社関係の飲み会があるから遅くなると連絡が入り、
仕事も特に残業する必要もなく、定時で帰れた。

うん、これは行くしかないでしょう。
そう、鎮魂の祈りを捧げに行くだけなのだし。理由はそれで十分だ。
誰に対する言い訳を考えていたのでしょう、私は。

急いで帰宅して、母に「青麻神社で慰霊祭みたいなことやるらしいから
出かけてくる!」と告げて、車を神社に飛ばす。決断すると行動速いです。

まあ、山のふもとにある神社だし、集まっても10人位だろうなあと勝手に考えていた。
受付時間も幅があるため、好きに祈って好きな時間に帰るのかしらと思っていた。

19時過ぎに到着。今宵は満月。そう、満月の祈りです。
とはいえ、山の中なので暗い。駐車場にも街灯がない。
一番神社に近い駐車場に止めようとしたら、車が一杯!!!
え?どういうこと?甘くみていた?
ちょっと遠目の第二駐車場に行き、駐車。

鞄につけていたミニライト、初めて役に立ったよ。暗い夜道でも大丈夫。
ざっと数えたところ、車は30台以上あったんじゃないかな。

受付の場所に行くと、受付の人はもういなくて、テーブルに紙とペンがあった。
参加者は氏名とメールアドレスを書いているようだったので、私も記名した。
紙コップとティーキャンドルがあったので、それももらった。

そして、本殿へと向かう。ここの本殿はガラス戸で囲まれており、中の様子がよく見えます。
結構たくさんの人がいて、19時からの儀式?は始まっている様子。

同じ頃にもう一人いらして、ほぼ一緒に本殿入り口へ。
その方は民族衣装の出で立ちだったので、アイヌの方だったのかも。

邪魔しては悪いかなと思い、ガラス戸の前で中の様子を伺っていると、
その方が「せっかく来たのだから、中に入りましょうよ」と静かに戸を開けてくれた。

既に本殿内は人で一杯。最終的に100人位はいたかもしれないです。
一番後ろの真ん中にいたけど、なぜかみんな「どうぞ前へ」という感じで、
次々と前を空けてくれたので、遅く来たにも関わらず、前から3列目位の
ほぼ真ん中に座ることができました。今考えても不思議。ラッキー。

正面には、ニュージーランドのワイタハ族のテ・ポロハウ長老と、
アイヌ民族のシャーマンのアシリレラさんが座っておりました。

そして、長老と日本での行動を共にしている中谷淳子さん。
今回の祈りの記事があった「Waitaha Japan公式サイト」の管理者です。
司会の方がサイキック・ヒーラーだと紹介してました。
ヒーラーと称する方に初めて会いましたよ。でも本当に普通の方です。

司会の方や長老の同時通訳の方など他にも数人スタッフがいらっしゃいました。

雰囲気的には、導入部分が終わった感じで、メインはこれからでした。
よかった、間に合って。

私が一番気になっていた、その「場」と「人」の雰囲気。
新興宗教等の匂いがしたり、狂信的、排他的、熱狂的な印象だったら・・・と
危惧していましたが、全くそんなことはありませんでした。

そういうのって、一歩そこに踏み込めば、直感で感じられますよね。
今回はね、本殿中央にたくさんのろうそくが飾られ、火が灯されていたので、
まあるく明るい光が満ちていたんです。

その光と同じように、みんなの気持ちもまるくて温かいように感じました。
誰かとしゃべったりした訳でもないけど。
とげとげしいとか、荒々しいとか、冷たいとか、急かしたりとか、そんなのが一切感じられない。
100人近くいるのに、こんな穏やかな雰囲気ってあるのかしら?
と、逆にそこでも半信半疑だった私です(^。^;)

・・・とまた長くなったので続く。
きっと次回は終わりにできると思います(笑)
 
posted by しゃーしゃん at 16:35| 宮城 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せ探し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月18日

東北慰霊の祈り、そして不思議な出逢い(1)

前記事で紹介したmioさんとの語らいの中で、
最近読んだ本やブログを通じて、ドラゴン(龍)と深く関わりがあるという
ニュージーランドのワイタハ族に興味をお持ちという話になりました。

mioさんがニュージーランドに滞在中、
(mioさんはNZ小学校で日本語教師をされていたんですよ)
現地の部族とも交流を持ったこともあり、
ワイタハ族にも親近感を持ったとのこと。

しばし二人でドラゴン談義。
日本は金の龍に、相似形のニュージーランドは銀の龍に守られているとか。
そういえば、金の龍や銀の龍の夢、見たよなあ〜私。
→ その時の記事(http://shashan.seesaa.net/article/168872989.html

実はまだ記事にしていないのだけど、3.11の夜に白い龍の夢も見ました。
龍の顔が虹色に輝いていて、足下には赤ちゃん龍が二匹。やはり顔が虹色。
なんでそんな夢見たのかわからない。

まあ、その時はそれで終わったんですけど、その後にお礼メールをしていたら、
ワイタハ族の長老が日本に来ていて、仙台の神社で大震災の慰霊の祈りを
行うらしいという情報をmioさんが教えてくれました。

その時の情報源がこちら。Waitaha Japan公式サイトより。
「10月12日 仙台・青麻神社での祈り」
http://ameblo.jp/waitahajapan/entry-11032768629.html

この記事の一番下に、ちょこっとだけ載ってる。引用しますね。

★----
そして、そして、10月12日に仙台の青麻神社で祈りを行います。
東北の慰霊とこれからの日本の為に皆で祈りたいと思います。是非いらして下さい。

☆日時…10月12日・受付18時半〜20時、19時〜20時半
☆場所…仙台市青麻神社
☆ご参加は無料ですがドネーションは大歓迎です。
尚、場所を提供して下さっている神社へのお問い合わせはご遠慮ください。
予約窓口は設けておりませんので、当日お時間になりましたら境内にいらして下さい。
★----

最初はこれ読んで、「ふ〜ん。でも平日だし、青葉神社行ったことないしなあ」と
軽く受け止めていたんです。最初は行く気10%。

それにこの書き方だといったいどんな人が集まって、どんな方法で祈り、
どんな感じなの?誰でもいいの?がよくわからない・・・。

でもちょいちょい気になって、mioさんからのメールや上記サイトを見てたりは
してたんだよね。そこで、重要なことに気がついた!!

「青葉神社」じゃなくて、「青麻神社」じゃん!!
空目してた〜〜〜〜!!

青麻神社といったら、うちの氏神さまでございます。
そしてうちからものすごく近いざます。

これは俄然、行く気80%くらいに高まりました。

あとは当日の仕事の状況と、夫との調整と、自分の行く気100%になるかどうかです。
うん、あまりにも情報量も不足しているしね・・・。

ということで、長くなったので続く。
 
posted by しゃーしゃん at 22:27| 宮城 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せ探し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

mioさんの2012年カレンダー兼ダイアリー

いつも心にキラキラとワクワクを持っているmioさん。

イラストが上手で、お子さんもしっかり育てていて、
ホ・オポノポノやワンネスの心を持ち続けている素敵な女性です。

mioさんのブログはこちら。
http://kiaoramio.seesaa.net/

ウェルカムボードを中心にイラスト制作・販売もしています!
http://miosgarage.moo.jp/

去年、mioさんお手製のカレンダーを購入しました。
二階のミニリビングに飾っています。

その時のブログ記事はこちら。
http://shashan.seesaa.net/article/170324017.html

毎月様々な作風の絵で、ほっこりする言葉がちりばめられていて、
この一年、父のことや震災のことがあっても、元気づけられてきました。

いつかお会いできたらいいな〜と思って。
そして母との東京旅行のすぐ後に、東京出張の機会があり、
思い切ってお誘いしたら都合があい、ついにお会いすることができました!

平日夜ということもあり、二時間程の逢瀬となりましたが、
とっても楽しく、濃いお話ができました♪ 

ホ・オポノポノのこと、ニュージーランドのワイタハ族の話、
龍の話、mioさんが生バシャールに会いに行った話、
お互いの家族の話、大震災の話、素敵な仲間の話・・・

初めてお会いするのに、初めてじゃない気持ち。不思議。
カレンダーやブログ記事から想像していたのは
おっとりほっこりさんな姿でしたが、
良い意味で芯の強い女性で美人さんでした。

あっという間で名残惜しかったなあ。
その時食べた野菜たっぷりのバーニャカウダ☆
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そしてまた、来年のカレンダーができたとのこと。
「2012まるごと自分を生きるDIARY」です。

top-58f3a-thumbnail2.jpg
これはmioさんのブログより拝借。

111213_2304~001.jpg
こんな感じで一日一日にメッセージが入っていて、
毎日開く手帳のように使えます。B5版なので持ち歩くこともできる。
カレンダーというよりダイアリーですね。

カレンダーとして使って、家族との話題のきっかけにするのもいいけど、
私は今回、ダイアリーとして使ってみようかなと思ってます。

ちなみに自分の誕生日に書いてあったメッセージは、
「あなたの本質は明るくて、元気です」

うん、そのとおり!

さあ、来年から毎日どんなメッセージに出会えるか、楽しみです。
mioさん、すごいの作りましたね〜

ダイアリーが気になった方へ。
内容や購入方法などの詳細は、こちらをごらんくださいね。
http://kiaoramio.seesaa.net/article/239676315.html



先週から風邪を引いてまして、ブログ更新する気になれず。
今は風邪後半戦です。咳がひどくなってきた。
でも身体のだるさは抜けたから、あと少しです。

皆様も寒くなってきたので、ご自愛ください。
posted by しゃーしゃん at 23:18| 宮城 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | I Like ・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

母と娘の東京旅行(5)終

前記事の続きです。

やってきました、築地市場!!
美味しい海の幸がお手頃価格で味わえると聞いてます。

どこのお店に入るか決めていなくて、地下鉄駅構内にあった広告を
見ながら、どこがいいかを三人で相談。よし、決まり。

駅を出るとすぐそこが市場の入り口でした。
店を決めたのはいいけど、今いる場所と店の場所がいまいちわからん。
と、街角の電信柱に小さな箱がくっついていて、そこに手作りの地図が!
これはとっても助かりました。市場全体の地図とお店の名前があって、わかりやすい。

お昼どきとあって、市場はとてもにぎわっています。
魚の他に干物や佃煮、海苔などを売ってるお店が並んでいます。
そして寿司や海鮮丼などの飲食店がずらり。

ぐるっとぶらりと冷やかしながら楽しもうと思ったけど、
すでに東京タワーで体力を消耗してましたので、お目当ての寿司屋へ一直線。

13時半近くだがどこもかしこも行列だらけ。私達もおとなしくその一員となりました。
今回選択したお店はここ。

築地すし鮮 4丁目場外市場店
http://sakanaya-group.com/01sushisen/03ichiba4/main.html

結構いろんなところにあるんだね。(と、今ネットで探して知った)

30分位並んだかなあ。待っている間にメニュー看板を見ながら品定め。
カウンターに通されて、ビールではなくお茶を注文し、お寿司を待ちました。

更に待つこと15分ほど。ようやく来た〜!すし鮮DXにぎり2000円なり。
10貫のにぎりです。
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う〜ん、新鮮で美味しかった! でももうちょっと食べたかったなあ〜。
同じ値段なら地元のほうがもっと新鮮で美味しいものをたくさん食べられるような。
いかに自分の住む地域が塩釜や気仙沼、三陸からの海の恵みを受けているかと
再認識しましたですよ。

何はともあれ、一度は堪能したかった築地。OKです。

すでに15時。更にどこかへ行ってもいいんだけど、すぐそこ銀座だけど、
結局ただ歩くことになってしまうので、もう東京駅へ向かうことに。
電車に乗るにはちょっと歩かねばならず中途半端、
かといって、東京駅まで歩いていくのは母には大変だろうし。
と、東京駅へ向かうバス発見!それに乗っちゃいました。楽チン〜

東京駅はちょうど修繕中で、全く外観を見られなかったのが残念。
予約していた新幹線を一時間早めて、それまでお茶することに。

いつもの夏の旅行とは真逆だわ〜。帰る時間早めるなんてもったいないわ〜。
→ その時の私の心の声(笑)

駅地下のカフェでほっと一息。
母と妹を置いて、私は家へのお土産を買いに大丸へ。
母がお金を出すというので、奮発して虎屋の羊羮2本買っちゃいました♪

カフェに戻り、そろそろ時間なので新幹線改札口へ。
短い間だったけど、母と妹とのプチ旅も終わり。
また会おうねとお別れ。

まだちょっと時間があったので待合室で母を座らせ、私はトイレへ。
トイレから戻り、さあホームへ行こう!と荷物を持って急いだら、
「バーン!!」とガラスに体当たりしてしまったよ、私・・・。
あまりの衝撃に恥ずかしかったやら、唇切って流血したやら(^。^;)
そこにガラスがあるとは気づかなかったんだねえ・・・

はやてに乗り込み、母と(父と)過ごした東京を離れます。
で、母と思い出話を語るというよりは、いつもの癖で寝てしまいました・・・。

無事、仙台に到着。
やっぱり地元が一番だなあ〜と新幹線を降りるといつも思ってしまいます。

父の写真もリビングの定位置へ戻りました。

一泊二日の突然思い立った母と娘達のプチ旅行。
結局、母はどう思ったんでしょうね。何を感じたのでしょうね。

どうだったとしても、思い切って母を連れ出してよかったと思います。

ところで、男たち三人は、出かけた日の昼から全ての食事で、
炊飯ジャーに炊いていったご飯に手をつけなかったらしい。
見事なまでに外食かまたはパンなどを買って食べたのだろうな。

というオチ?で、母との旅行記事を終わります。
 
posted by しゃーしゃん at 22:15| 宮城 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする