2012年01月09日

仮設住宅を訪ねて

元旦に更新頻度を上げたいと書きつつも、もう9日経過です(汗)

仕事始めの週が想定外に忙しく、そのまま三連休に突入したので
家の用事をこなしたり、疲れを取るために珍しくだらだら過ごしたりで、
パソコンに向かうまとまった時間も取れずでした。

ようやく今日の午後、自分タイムを作れそうなので、
メールとかブログとかやっつけようと思っていたら、
父方の親戚廻りをすることになりました。ワスレテタ〜

お互い喪中なのでお年始はしなくてもいいんですけど、
あまり考えずにお年始の品をだいぶ前に準備していたので、
せっかくだし、顔出しに行きました。

親戚は東松島市と石巻市にいます。
石巻市の叔母さん家族がお盆過ぎにようやく仮設住宅に入れたのですが、
今回初めてその場所を訪ねてみることに。

前にちょこっと書いたけど、叔母家族が住んでた貸家は津波にやられて、
叔母さんといとこも津波危機一髪のところを電柱によじ登り、
波も引かず、真っ暗で寒い中を一晩中二人で耐え忍んで生き延びたのです。
次の日の朝、救出シーンがテレビで映ったらしいです。
叔父さんともう一人の息子と会えたのが二日後。
叔父さんはもう二人は死んだものと思ってたから、本当に驚き、そして安堵したことでしょう。

私達が叔母さん達が無事だったと聞いたのは、固定電話がようやく繋がってからなので
大震災から一週間後。詳しい体験談を聞いたのは4月以降だったと思う。

いつまで経っても仮設住宅の抽選に当たらず、まさかのお盆過ぎまで待たされた。
でもね、住宅が満杯って訳ではなく、結構空きがあるんだそうですよ。
やっぱり仮設住宅は嫌な人もいて、貸家かアパートをなんとか見つけて住む方も。

東松島の叔母さんに道案内してもらいながら、仮設住宅を目指す。
石巻赤十字病院からほどなく行ったところでした。石巻専修大学の近く?

同じようなプレハブがたくさん連続で立ち並ぶので、住所持参しただけでは
絶対にたどり着けないと思った。後1、2回は来ないと覚えられないかも。

駐車場は一家庭に1台分。なので邪魔にならない適当な場所に駐車。

サッシの枠を組み立てている作業員の方がいた。
休日でも関係なく作業してるんですね。ありがとうございます。

玄関部分は横に開けるタイプの簡単なサッシでした。なのですぐに結露するとか。
そのサッシドアを囲むように、屋根付の風除けが透明なパネル?で作られており、
足下部分は木造で階段上になっていました。郵便受けもついてました。
その風除けの入り口にサッシを入れて、完全に囲むようにする作業を今やっているそうです。

お邪魔してわかったのですが、玄関と思って入ったところはただの入り口でした。
つまり、靴を脱いで置く場所がない、たたきが全くないんです。
サッシを開けるとすぐに台所の床なので、入り口付近にシートを敷いて、
そこに靴を置いているといった感じでした。もちろん靴箱なんて狭くて置けない。
外の風除けのところに置く手もあるけど、風向きによっては雨や雪に濡れるし、
誰かが持っていかないとも限らないですからね・・・。

台所から居間へ入る感じ。居間の隣にもう一部屋あって、寝室に使ってる様子。
トイレとお風呂は別々で独立してました。

部屋は6畳間位なのかなあ。横長のこたつが置かれ、座ると一杯になる感じでした。
う〜ん、いとこもほぼ大人なので、家族4人でこれは狭いだろうなって思った。
でもまずは住むところがあるだけ良いと考えるしかない。

エアコン1台、液晶テレビ、洗濯機、電子レンジ、ガステーブル、炊飯ジャー、
冷蔵庫、小さなテーブルなどが備え付けだそうです。
とはいえ、他は何もないから色々揃えたとのこと。
うちで未使用だった食器をあげたのですが、大活躍していて良かった。

エアコンがもう1台支給されるそうで良かった。
夏はエアコンない部屋は扇風機で乗り切ったとか。

複数のメーカーが仮設住宅を作っているそうで、メーカーによりまちまちらしい。
叔母さんところは基本鉄板で組み立てなので、夏は暑く冬は寒そう。
木造で作ったメーカーもあるそうです。
最近?壁にようやく断熱材が入ったから、だいぶ暖かくなったそうです。
後から色々付け足しながらなんだなあ。

普通は仮設は2年までだそうですが、今回は5年いられるとか。
今から家を建てるのはもう難しいので、賃貸で暮らすことになるみたい。

ここを出る時は、風呂のフタすら持っていくことは禁じられてるって。
つまり、やっぱり家電など一から揃える必要があるってことだよね。
それもどうなんだろう。そのまま利用してもらう訳にいかないのかな。

下の息子さんは4月から社会人になり、東京で声優の卵として頑張るって。
学校の先生からもあまりない声だと言われてるそうで、期待が高まるね。
しっかりしたプロダクションに採用してもらったようなので、頑張ってほしい。

東京で一人暮らしをするために、少しずつ準備していたものが全て津波に
流されていったから、また一から揃えて大変みたい。
それでも、何万かかろうと、やっぱり親だから揃えるんだよね〜。

スーツを買って、胸ポケットに入れるハンカチーフを買ったら2900円もしたって!
「俺なんて1000円のズボン履いてるのに」と叔父さん。
わかるわかる、そんなもんだよね。

とりあえず、ここでの生活が軌道に乗ったようで安心しました。
近所にはちょっとした店もあり、野菜なども売りに来るので
買い物に不便ということはないみたい。

微力ながら何かできることがあれば、協力したいけど、
どこまで何ができるのか。

まずは、春にまた、いとこの門出を祝うために来ようと思います。

posted by しゃーしゃん at 23:59| 宮城 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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